吉田沙保里が頂点に君臨できる理由とは

 9月にブダペストで行われたレスリングの世界選手権女子55キロ級で、日本の吉田沙保里(30)=ALSOK=が金メダルを獲得した。2002年大会から11連覇、五輪3大会連続(アテネ、北京、ロンドン)金メダルを合わせると、前人未踏の14大会連続世界一だという。

 なぜ、そんなに強いのか。なぜ、14年もの長きにわたって世界の頂点に君臨し続けることができるのか。

 過去に何度か五輪取材をした経験がある私でも、こんな素朴な疑問が沸いてくる。というのは、格闘技という激しいスポーツで、そういう選手はまれだからだ。確かに男子にはソウル、バルセロナ、アトランタ五輪で金メダルを獲得し「霊長類最強」の異名を取ったアレクサンドル・カレリン(ロシア)がいたが、彼は別格も別格。逆に吉田がカレリンの域に達し、超えつつあるという点がすごい。

 さらに今年に限れば、吉田の世界選手権優勝はこれまで以上の価値がある。昨年11月に国民栄誉賞を授与され、12月に東京五輪招致大使に就任した。その2カ月後にはレスリングが五輪から除外される危機に陥った。練習に集中しなければいけない時期に、それ以外の重要な役目で多忙を極めながら、結果は東京五輪招致を実現し、レスリングは五輪種目に残留し、新ルールの世界選手権も制した。

 吉田はなぜ強いのか。なぜ長い間世界の頂点に立ち続けられるのか。これはもう私の経験では解明できない謎である。

 そこで日本レスリング協会事務局長代理でエリートアカデミー監督の菅芳松さん(66)にたずねてみた。エリートアカデミーは優秀な若手を集めて英才教育を施し将来の五輪メダリストを養成する機関。菅さんは吉田のジュニア時代から成長を見守ってきた人だ。

 ‐なぜ、吉田選手はあんなにも強いのですか?

 ストレートな質問を1球投げ込む。

 菅さん「一番は天性だね。天性があって子供のころから、全日本優勝経験があるお父さん(栄勝さん)にスパルタで鍛えられた。あの絶妙のタイミングで入る高速タックルはそのたまものだよ。それにレスリングが大好きでね。あの年齢になればやめたくなってもおかしくないのに、まだまだやる気満々だからね」

 ‐他のスポーツもすぐ上達するそうですね。

 「そう。ゴルフなんかほんのちょっとやっただけで、たいした練習もしていないのに、ハーフ30台で回ってくる。ドライバーは260?くらい飛ぶしね。何やっても天才なんですよ」

 ‐でも、それだけじゃないでしょう。練習量とかはどうなんですか?

 「あ、そうそう、吉田は何かを理由にして練習を休むことがないな。講演やテレビ出演なんかで正規の練習時間は数段減っているけど、朝8時から仕事ならそれより早く6時から練習するとか、練習時間を確保する工夫をしている。5月のIOC理事会でロシアに行った時も、現地で独りランニングや腕立て伏せをしていたそうだよ」

 ‐でも、けがをしたときくらいは休むのでは?

 「それが休まないんだね。例えば左足をけがしたら右足を鍛える。よく手首を痛めるんだけど、そういう時は手を使わずにタックル入るんですよ。けがを利用して違う部分を鍛えるというのかな。そういうところはアカデミーのジュニアにも伝えていきたいね」

 私は菅さんのお話を聞いているうちに、ゴルフ担当時代に取材した不動裕理を思い出した。当時全盛期の不動がなぜ強いかを師匠の清元登子さんにうかがった時、こう話してくれた。

 「不動は何かを理由にして練習を休まないんです。例えば天気予報を見て、午後から雨が降ると分かれば、午前中に屋外でアプローチやパットの練習をする。そして午後から雨が降っても大丈夫なドライビングレンジで打ち込むんですよ」

 レスリングとゴルフ。競技形態は全然違うが、強さを維持、伸張するという点では共通項があるようだ。

 吉田の強さを支えているもの。菅さんのお話を総合すると、それは天賦の才能、競技への情熱、そして練習に取り組む姿勢となろうか。意外に基本的な要素で拍子抜けだが、どんなスポーツも頂点を極めるためには、この基本を極限まで追い求めなくてはならないということなのかもしれない。

(デイリースポーツ・松本一之)

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