レンズ越しに見えた広島・黒田の闘志
8月29日のDeNA戦に先発した広島・黒田博樹投手(40)が、四回に打球を右手首付近に受け、五回途中で無念の降板を命じられた。
降板する際、黒田はマウンド上で畝投手コーチと向き合い何か言葉を交わしていたが、その目には続投への強い意思が宿っていた。ファイティングポーズをとったまま、セコンドにタオルを投げ入れられたボクサーのように、納得いかない表情だった。
痛烈な打球だった。四回1死二塁、私は三塁側カメラマン席から、黒田にレンズを向けていた。抑えた時のガッツポーズや打球に飛びつくプレーを想定していた。
打席のバルディリスのバットから快音が響くやいなや、マウンドの黒田の体が反応した。瞬時にシャッターを押したが、黒田が右手を打球に当てる瞬間が肉眼で見えた。撮影した写真に写っていたのは、打球が右手に当たった後だった。ボクシングの撮影でもよくあるのだが、パンチがヒットする瞬間が肉眼で見えた時は、撮影した写真にはヒットした後のシーンが写っているものだ。
シャッターを押すタイミングが遅かったというよりは、バルディリスの打球が速かったのだ。打球は黒田の右手に当たった後、レフト前まで飛んでいた。打球が手に当たった衝撃が、尋常ではないことは、誰の目にも明らかだった。この時点で降板しても、文句を言うファンはいなかっただろう。
マウンドまでかけつけたトレーナーに当たった右手首付近を見せたが、続投を志願し、連続三振で後続を断った。五回の投球練習中に異変を感じた広島ベンチは、野球規則に従い先頭の砂田を三ゴロに抑えた黒田に降板を命じた。
伏線があった。18日の中日戦(ナゴヤドーム)でも右の手のひらに打球が直撃したが、続投を志願。結果、決勝3ランを浴び、黒星を喫した。同じ轍(てつ)は踏めない。ベンチがそう判断しても無理はない。
痛烈な打球に利き手を出し、打球に当たった後も続投を志願する。黒田の闘志がチームを鼓舞したことは言うまでもない。後続の投手陣が追加点を許さず、十回、エルドレッドの右前打で勝ち越し逃げ切った。試合後、緒方監督は黒田の闘志を讃えた。
黒田のファイティングスピリッツを目の当たりにして改めて感じたのは、技術を上回る闘志だ。大切な利き手を犠牲にしてまでも、打者を抑えようとする。どうして利き手を出すんだと、万人が思うだろう。しかし、この並々ならぬ闘志こそが、日米で実績を残し、ファンから愛される投手の原動力なのだ。
(写真と文=デイリースポーツ・開出牧)